2014年3月29日土曜日

しだれ桜と

白梅・紅梅が終わる前から、黄色いサンシュユの花が咲きはじめ、そして、しだれ桜が満開になりました。何ともいえない美しいピンク色の花が品よく(?)咲いています。枝垂れの姿がよいのですが、青空を背景にした花もいいです。細い枝しか映っていないのですが、植えて15年ぐらいになります。




足元でも次々に花々が咲いています。本当にあっという間に春ですね。

例の病気のつるバラのすぐ隣にカイドウがあるのですが、いっぱい小さな、これもちょっと違うピンクの可愛いつぼみを沢山つけています。でも、つるバラは芽が全く出ません。尿素や外科的治療・冷温治療がきつすぎたうえ、大胆に枝を切って体力温存を図らなかったことが原因だと思います。可愛そうなことをしたと反省しています。バラのmoment of smileを楽しみにしていたのですが...でも、まだ、枝の切り口をみるとと生きています...

2014年3月27日木曜日

“格好いい” 上村愛子選手 引退

上村愛子オフィシャルブログより
モーグルの上村愛子選手が昨日引退を発表しました。

ソチオリンピックでは、横滑りでスピードをコントロールするのではなく、できるだけ斜面の方向に板を向け、スピードを落とさず無駄のない滑りをしていて“格好いいと新聞にも書かれていました。録画を見てみると、確かそういう速い滑りでした。

昔、スキーをしていた頃のことを思い出しました。私が、コブのある急な斜面を腰が引けて横滑りでスピードを落としているとき、コブをうまく読んで、うまくエッジを効かせ、斜面に真っ直ぐ無駄のないコースを滑っていく人は格好よかったです。ああいう風に滑りたいと思って練習したものです。レベルの違うオリンピック選手の滑りですから、近くで見たら、さぞスゴイのだと思います。

上村愛子選手は、滑りだけでなく、潔さも“格好いいですね。ジャッジ受けより格好よさを大事にしていると新聞で解説していました。本来、フリースタイルとかモーグルスキーは格好よさの要素が大きかったとは思いますが、難易度とスピードが一昔前と比べると比べものにならないほどレベルアップしています。そんなレースで、判定基準ではなく格好よさを重視し、最後のオリンピックを滑りきり満足している彼女の姿は、とても爽やかでした。

昨日の引退発表もさわやかで“格好よかった”ですね。引退後の彼女の活躍を期待したいと思います。

“システム活用”と“物流”のシンプル・バックアップ

一度使うと便利で、無くてはならなくなってしまうのが、ITやネット・クラウドですね。現代では皆が依存症のようになっています。

昔のシステムは原始的で、チップというよりコンピュータのハードウェアがむき出しに近い状態でした。現在のシステムやネットはちょっと次元は違います。製品サービスのプロバイダーがいろいろ工夫して使い勝手をよくしてきました。しかし、まだまだですね。標準化も遅れています。

便利な道具と溢れる情報は、膨大な組み合わせの選択肢を提供していますが、それだけにうまくいっているときはよいのですが、今回の私のように一旦トラブルにはまるとアリ地獄です。問題判別の組み合わせは半端ではありませんでした。シンプルにするというのは言うは易し…ですが本当に必須です。

左の写真を“システムやネット”のモデルに例えるとチップがシステムやネットそのもの、その上の石が人間とのインターフェイス、ここがもっと使い勝手のよい石になることが必要です。真ん中の石は、システムや仕組を支える層で、ユーザーにはブラックボックス、一番下が社会インフラ的あるいは物理的な層に例えられます。

昔の中央集中しすぎたシステムは磁気嵐や戦争・テロのリスクを考えると分散化が不可欠で、結果的にインターネットの世界が開けました。磁気嵐が本当に起こったとき、現在のクラウドがどこまで救ってくれるかわかりませんが、強くて物理的に分散したシステムやネットの基盤、一番下の石になってほしいものです。

それと同じで、個人でできることは限界がありますが、一番下の石でいうと、分散するクラウドを活用したり、パソコンは2台で相互バックアップする体制にしたり、物理的な保管もちゃんと考えるなど自助努力が必要だと思います。原始的、かつ、全体はシンプルでなければなりません。プラネットカナールのことも視野にいれ、システムをシンプルにしようと思い、その過程で起こったのが今回のトラブルだったのですが...

一方、同じこの石を“モノを運び届ける”モデルとみると、上の方は宅配業者などが工夫して、分かりやすいサービスを提供してくれています。宅配も便利なシステムで一旦使うと容易で早く、無しではいられなくなっていますね。

一番下の石をモノを物理的に運ぶ手段と考えると、プラネットレベルでは、やはり、災害対応や、より複雑なシステムに依存しすぎない原始的な運送や配送も必要だと思います。便利への依存度を下げるため、スローな輸送や配達も必要だと思っています。そういう補完的でバックアップとなるような仕組をつくっておくことが必要ではないでしょうか。

こんな理屈っぽいことを考えながら、気を紛らわせていたこの1か月でした。

    2014年3月26日水曜日

    のどじまんtheワールド2014春

    ADDICTOEから
    ネット関連のトラブルが解決し少しホッとしたので、ちょっとひと休みと、家族が録画していた番組を見ました。外国人によるのど自慢大会で、期待していなかったのですが、なかなかでした。
    個人的特によかったと思ったのは、
      ・笑顔溢れるケニア代表
      ・透き通った声のポーランド代表(今にふさわしい、ユーミンの“春よ、来い”)
      持っている”ハンガリー代表(14歳)
      ・ドラえもんのようなシンガポール代表
      ・キユーバ代表、トルコ代表、カナダ代表、フィリピン代表…

      昨年のドイツ代表の歌もYouTubeで見ましたが、よかったです。

      難しい曲、昔の曲も多く、理由はあるようでしたが、どう選曲したか興味深いものがありました。

      日本を好きな若者がいることはうれしいことです。きっかけはアニメだったり、教科書だったり、人と人のつながりだったり…。

      外国人なので日本人以上に、その歌の歌手の影響を受けているかと思いきや、曲や歌詞を理解し自分のものとして歌っているのです。日本人からみた外国人という概念を超えていました。ひとりひとりの中に入り、そのひとのものとして、そのひとの中から溢れ出ている思いや透き通った歌声は心に響きます。上手いという表現が合わない楽しい“のどじまん”でした。

      国や民族、人種に関係なく、世界のどこかの人の中に入りこんで、それぞれの人のものになって歌ってもらえる“曲”のようなものを残せたらいいですね。

                      2014年3月24日月曜日

                      空回りせずに一歩一歩階段を上がれるとき

                      この数日、頭を悩ましていたネット関連の問題は解決しました。最後はちょっとした手順の見落としで、サブディレクトリを指定してなかったことが原因でした。

                      この件はしかるべき指定をして必要な手順を踏めば、一進一退はあっても、解決する性格の問題でしたので、うまくいかなくても、そんなに疲れませんでした。一段でも階段を登れていれば、疲れないものですね。途中、ジャズバイオリンの助けもありましたが…

                      一方、液晶の故障から端を発した、一連の問題は、空回りの連続で、精神的にも滅入りましたし、大変疲れました。機械の問題で昔の空回りに比べれば、全然大したことはないのですが、最近は少し楽をし過ぎなのかもしれません。

                      昔、システムの営業や導入をやっているとき、新しいお客さまにアサインされて乗り込んだのはよいのですが、1年間噛み合わず何一つとして売れず何一つとして導入できないことがありました。世界同時にコンサルティング事業をスタートアップしている時、FORTUNE500の企業にあるプロジェクトへの参加を呼び掛けて回ったことがありました。半年ぐらい、一社も乗ってくれませんでした。どちらも結果オーライというか、それ以上になったのですが、噛み合わないときは本当に精神衛生上よくなかったです。これもビジネスのちっぽけなことではありますが、ふと、そんなことを思い出しました。

                      ただ、何でも、ひとたび少しでも引っかかり回りはじめると、どんなに大変な思いをしても厳しい状況でも、そんなに疲れないものですね。最近は、すっかり、忘れていたことです。そんな心地よい疲れをまた味わってみたいものです。今回のパソコン・トラブルのトンネルは、いろいろなことを思い出させ、学ばせ、考えさせてくれました。

                      2014年3月23日日曜日

                      午後のジャズバイオリン

                      これは昨日の写真ではありません
                      土曜の午後、近所のサムタイムというジャズ・ライブハウスで石内幹子カルテットの演奏を楽しんできました。久々のジャズライブを2ステージ堪能しました。ジプシーっぽいところ、ちょっとフランスっぽいところもあり、感性豊かな演奏がよかったです。

                      昔、休みの午後に、ジャズバイオリンの大御所ステファン・グラッペリのレコードをかけてストレスフルな日々の疲れを癒していたのを思い出しました。今回も長いパソコンやネットとのトンネルを経験していたこともあり、バイオリンが特に心に沁みました。

                      そこで、“Swing from Paris”という彼女のフランスでつくったアルバムを買いました。なかなかいいですよ。帰って、それを聞きながらネット関連の設定を続けたのですが、うまくいかなくてもイライラとならず、比較的穏やかな気持ちでいられました。ついつい2時過ぎまで続け、今日は昼寝をしてしまった次第です。

                      ジプシーは移動するとき大きい楽器は運べないのでジプシー系の音楽にはドラムはないそうです。ただ、カルテットでは運ぶ必要がないピアノは入っていました。趣味はピアノです…などと人には言えない本当に下手くそなピアノで、完全に錆びついていること確実ですが、ピアノを久々に弾いてみたくなりました。イヤフォンのついている電子ピアノで...ボケ防止も兼ねて...

                      2014年3月20日木曜日

                      部品が壊れたら新品購入?

                      液晶故障に端を発した一連のパソコン・トラブルとの悪戦苦闘に光が差してきたのは確かですが、昨日、サービスセンターから液晶の交換のための費用を言ってきました。なんとパソコン本体購入価格と同じぐらいの費用がかかるそうです。液晶パネルだけ交換すればよいのですが。

                      今日、費用のことだけではありませんが、納得がいかず苦情窓口にもなっているセンターの長に正式にクレームしました。最近は窓口での受け答えは低姿勢で丁寧なのですが、企業側の守りの姿勢が強すぎ、得意客の立場で相談にのってくれる余裕がなくなってきているような気がしました。それでも、しかるべき部署にクレームが伝わっていくことを願っています...

                      高い部品であるのは確かだと思いますが、本体全体に近い価格がかかるのはおかしく、同一機種を買ったほうが早いといっているとしか思えません。以前のガラケーの携帯の液晶が壊れたときもそうでした。本体と同じ価格という程ではありませんでしたが。

                      昨今、修理して長く使うというより、故障したら修理が高いので買換えたほうがよいというものが多すぎると思いませんか。コンピュータのボードやチップの部分が多くなっていて、部分的修理が難しくなっているのもわかりますが、それだって治るもの、部品交換で使えるものもあると思います。忙しいし急ぐので修理などしていられない、時間のほうが大切だ、という人も多いと思います。私も昔そうでした。

                      古いモデルは格好悪いという風潮もありますね。デフレ下ではそれ程でもありませんでした。確かに新しいモデルのほうが機能や性能が上がっているとは思います。特に節電やエコは意味があります。

                      一方で、昔ながらの時計やスーツケースの修理屋さんのことをテレビで見たことがありますし、街には靴やバッグの修理屋さんもあります。古着屋さんもあります。こどものモノを譲っていく支援をしているところもあります。モノを大事にしている人は、まだ、たくさんいると思います。

                      “もったいない”という気持ちは自然な気持ちですし、資源を大事にすることはプラネットのためでもあります。モノづくりを大事にするなら、モノを大切に長く使っていくのも大事だと思います。新しいものと古いものがうまく共存する社会になっていくとよいですね。経済もそれを織り込んでバランスよく成長していけるとよいですね。

                      2014年3月17日月曜日

                      "light at the end of the tunnel"

                      パソコンのトラブルにはまって、暗いトンネルのなかにいるようでしたが、やっと光が見えてきました。

                      冬季オリンピックもパラリンピックも終わり、東日本大震災の3周年も過ぎ、気が付くと日差しも気候も春になっています。梅も満開、舌足らずのウグイスの鳴き声もはじまりました。

                      書きたいことは沢山ありましたが、とりあえず、暗いトンネルで考えたこと、感じたことを、くどくならないように気をつけながら書きたいと思います。

                      やっと、また、ブログ再開します。

                      2014年2月21日金曜日

                      ソチ 女子フィギュアスケート

                      (画像:楽天サイトより)
                      パソコンの切り替えが上手くいかない…なんていう つまらなことで何故イライラしていたのでしょう…

                      今朝、女子フィギュアスケート・フリーをライブで最後まで見てしまいましたが後悔はありません。

                      みんな凄い! あのスケートリンクの空間で、エキシビションが楽しみです。


                      2014年2月12日水曜日

                      ソチでの高橋大輔選手

                      あの素晴らしい曲を書いていたゴーストライター新垣氏が、『私も共犯ですと告白したこと、佐村河内氏の実の姿、色々あるとは思うのですが、大事なのは“真実です。

                      新垣氏作曲の曲で滑る高橋大輔選手は、真実がわかり、はじめは何で今…と戸惑ったそうですが、今は、その真実を踏まえて力を出し切ることのみ考えていると思います。膝の調整や演技の最終調整に専念していることでしょう。タイミング的に選択肢はなく結果的によかったのではないでしょうか。彼のフィギュアスケートは本物であり、それが全てです。オリンピック直前に、本当のことがわかってよかったと私は思っています。


                      ロシアの広大な大地にふさわしく、もっと大きなこと、本当のことを大切にしていきたいものです。高橋大輔選手には微妙なエッジのバランスの上で、繊細かつ豪快に、これまでのように、音楽と振付、演技がピッタリ合った芸術的で感動的な演技を期待したいと思います。持っている力を出し切れるよう祈っています。

                      『参加することに意味があるとか、『楽しんできますという選手の言葉に批判的で、『結果を出せなければ…と言う人たちもいますが、スポンサーのビジネスは別にして、本来、周りが言うことでもないでしょう。毎回オリンピックのときに議論されますね。

                      選手の皆さんのチャレンジ自体がドラマであり、たくさんのものを周りにくれます。今までの努力を一瞬にかける選手の皆さんに大きなエールを送りたいと思います。

                      2014年2月11日火曜日

                      雪かき (つづき)

                      今朝、駐車場に車ぐらいの大きさの雪のスヌーピーが寝ている家を見つけました。昨日一日でだいぶ溶け、おなかは多分かなりスリムになったと思われますが、その遊び心に脱帽です。

                      これを書きながら、家の書斎から外を見ると、まだ寒いのにウグイス?(メジロでした)がすぐ近くまで飛んできました。一瞬で写真は無理でしたが、丸い目と少し茶が入ったようなグリーンの寸詰まりの体が目に焼き付いています。春を予感させてくれる出来事でした。

                      自分の殻 ~トルストイのつづき~

                      トルストイの続きですが、晩年、何も持たずにシベリア放浪の旅に出て、旅先の鉄道の駅で最期を迎えたことは有名ですね。映画にもなりました。『美しい母であり良き妻だったと、妻に残した最後の言葉には、『ただ、あなたは自分の殻を守ってきた…』と厳しいことが書かれています。

                      実は、高校時代には放浪の人生?☺を夢見たこともあるのですが、結果的に、これまで自分の殻を守ってきた私には耳が痛い言葉でした。

                      トルストイ

                      ソチ冬季オリンピックの開会式でトルストイの小さなことにこだわったのは、ちょっと前にNHKアーカイブスで 『トルストイの大地~辻井喬のロシア・ユートピア巡礼~』という番組を観たせいだと思います。

                      作家の辻井喬さん(西武の堤さん)が 大地を耕し懸命に生きる農民に心を寄せたトルストイゆかりのユートピアの村を訪ねるのですが、ロシアの“広大な大地と“たくましい農民、そして“トルストイの凄さが十分過ぎるくらい伝わってくるドキュメンタリーでした。

                      ロシア通信から
                      農民の犠牲の上になりたつ特権階級として苦悩したトルストイは農民の“子供のための本の完成に命をかけ、悪を悪で返さない主義や菜食主義を貫き、正直すぎる人だったようです。自然も人も皆“つながっているといい、ユートピアを求めてシベリアなどに自給自足のコミューンをつくり、弾圧をうけたそうです。ソ連崩壊後、トルストイに共感した人びとがユートピアの村を再び、よみがえらせようとしているのですが、楽ではない…というより厳しい現実が…そんな中、皆たくましく生活しています。

                      トルストイの『復活でも読んでみようかと思わせる素晴らしい内容でした。

                      2014年2月9日日曜日

                      雪かき

                      東京では久々の大雪でしたが、幸い週末だったために通勤者への影響は大きくなかったようですね。今朝は良い天気で、久しぶりの雪かきをしました。単に歩きやすいように…とか滑らないように…だけでなく、日当たりのよい場所に積んで溶けやすくしたり、溶けるときに流れやすく溶けたあと汚くならないような場所を選んだり、家の外は歩行者や車のことを考えます。当たり前のことですが…見た目も重視し白いきれいな雪を大事に分けて積んだり、単に仕事というより“楽しみながら”の雪かきです。近所の小さいお子さんが使ってくれるとよいのにとも思いながら、どこか心の隅で子供のときのように雪だるまやかまくらをつくるのをイメージをしていました。雪が多いところの人々にとって、雪かきは生活であり命がかかっていると知っていますが、いつも、つい年甲斐もなくはしゃいでしまいます。

                      汗をびっしょりかくほど、よい運動でした。ただ、やはり少し腰にきたようです。腕や肩は大丈夫でしたが、明日どうなっているかはわかりません。仕分や梱包で段ボール箱を扱うボランティアをしようとしているのに、少し体を鍛えないとダメですね。

                      活動現場で、ボランティアの皆さんがよい仕事ができるように、工程に工夫を組み込み、シンプルな注意事項やガイドをつくっていきますが、それだけでは片手落ちです。人を第一に考える活動なので、体に無理なく、腰を痛めたり、けがをしたりしたりすることのないように、熱中症や風邪にかからないように、安全に作業をしていけるよう工夫していきたいと思います。そして、楽しく作業ができるようにも大事ですね。皆さまの知恵やアイディアを集めて煎じ詰めた工程・ガイド・注意事項にしていきます。


                      2014年2月8日土曜日

                      ソチ冬季オリンピック開会式でのトルストイ

                      今朝早朝に、ソチの冬季オリンピックが開会しましたね。開会式から、いろいろなインスピレーションをもらいました。

                      最初のプロローグ映像でロシアのアルファベット順にロシアに因んだことや人が映し出され、“loveという意味の名前の女の子がそれを読み上げたのですが、その時、ちょっと小さなことが気になりました。ロシア・アルファベットのTのところで 他と違いトルストイとテレビジョンの二つが選ばれているのです。トルストイはロシア版映画“戦争と平和の映像とともに紹介されましたが、トルストイという文字は一切なく、女の子もその部分をたたみかけるように読み上げました。

                      トルストイの思想や思いが当時の政治やソビエトの共産主義と相容れなかったことは周知の事実ですが、今回も何か意図があるのではないか…とふと思ったのです。考え過ぎかと思いながら、実は録画して朝見たので、戻してスローで見直しました。なんと文字がないというより、細かい点のようなマークで消されているようでした。Tがダブルのでバランス上省略したのか...やはりトルストイは未だに都合が悪い部分があるのか…と、ちっぽけに考えてしまいました。

                      AFP BBNewsより
                      会が進行すると、バレイで、また“戦争と平和が取り上げられ、オリンピックにふさわしい平和が強調されたのです。少なくとも演出家はトルストイを強調していました。バレーは流石でしたね。素晴らしい開会式がトルストイという名前が出るかどうかで、どうこうということではありません。広大なロシアの大地にふさわしくないちっぽけな勘ぐりをしてしまったようです。

                      2014年1月24日金曜日

                      パソコンの液晶が壊れました

                      また、パソコンの故障です。液晶が壊れ全く使えません。やっとのことで、このブログをアップしています。昨年、前のパソコンが故障し、新しいパソコンに苦労して切り替え、少し慣れてきたところだったのですが...修理や新しいパソコンへの切り替えも時間がかかりそうです。

                      機械で済んでよかったと思うしかありませんね。

                      しばらく、ブログをお休みさせていただくことにしました。また、必ず復活します。

                      2014年1月20日月曜日

                      “エレベーターピッチ”日本語

                      日本語でのプラネットカナールPlanetCanal™のエレベータピッチは少しだけ具体的な表現で、相手に合わせて微妙に変えています。本当は全て同じで一貫していたほうがよいのかもしれませんが... “子供”のニーズに焦点を当てること、災害復興支援の目的を当面中心にすえること、配送準備作業支援の支援からスタートすることを入れてあります。ニーズがあれば拘りませんが...

                      以下は、どちらかというと非営利活動や企業のCSR活動に関係する方々にフォーカスした今年の年賀状の例です。

                      『プラネットカナールは 子供が必要としているモノを、ボランティアの人々と、輸送や保管の空いた隙間を活用して低炭素・低価格で、急がずゆっくり運び届けるNPOです。非営利活動やCSR活動を様々な形でご支援いたします。受取った人たちの笑顔の写真も関与した方々とシェアします。
                      緊急支援後に続く復興支援の活動を 物資を運び届けるための点検・仕分・梱包などボランティア会員による作業を通じてご支援できればと思っています。』


                      2014年1月19日日曜日

                      “エレベーターピッチ” 英語

                      エレベーターの中で高層階にいるようなVIPに会い、新しいアイデアやプロジェクトを説明するチャンスに遭遇したとすると、15秒~60秒で的確かつ興味を持ってもらえるように伝えなければならないですね。“エレベーターピッチ”とは、そういう場合の簡潔な説明のことを言うそうです。

                      昨日、娘の上司を我が家に招きました。ニューヨーク育ちのイタリア系の女性です。現在はLA在住で頻繁に東京にいらしているようです。我が家へも3回目ですが、前回、プラネットカナールPlanetCanal™のことを聞かれ、次のような説明をしました。これまで、外国人には、これで説明してきました。名前のイメージがよいこと、空いた輸送の隙間を活用すること、“slow”であること、“smile”の写真を共有することなどが印象に残るようでしたが、彼女もそうでした。エレベーターピッチというほどの説明ではありませんが、伝わったようです。


                      The name of the non-profit-organization is PlanetCanal™, imaging a set of canals on the planet. It delivers necessary goods not in a hurry, slowly, to people who need them, using unused transportation space, with people who want to contribute to the delivery. It takes pictures of smiling receivers and share them with senders and contributors.

                      2014年1月18日土曜日

                      バラのQuality of Life

                      バラを生かすために、腫瘍のような病気の部分を外科的治療で完全に削りとり、枝の剪定も大胆に行いました。局部に純度の高い尿素を何回も置き噴霧器で染み込ませ、根本や土にも尿素や木酢をたくさんかけました。現在の抗がん剤は正常な細胞にも打撃を与えるますが、それに似てバラは全体的に弱っていきました。そんなバラの姿をみて、バラのQuality of Lifeについて、ふと考えたりもしました。

                      菌が50℃以上の高温と10℃以下の低温に弱いので、寒い冬の朝が大事と考え、心地よい15℃の地中にある根の部分を掘り出し外気に露出するようにしました。隣のカイドウの根本も同様にしました。土を掘ると匂いから尿素が深く浸透しているのがわかりました。いずれにしても土は入れ替えるつもりでしたので根の周りの土はできるだけ取り除きました。ただ、水だけはちゃんとあげるようにしましたが。

                      最終的に根の部分を深く広く掘り起し、『もう少し頑張って…と バラに語り掛けながら、1昼夜おきました。そしてバラ用培養土に入れ替えて、ひとまず完了です。今年の春も花を咲かせてくれることを心から願っています。

                      バラの病気

                      昨年夏、結構大きく育ったつるバラの葉が全体的に枯れました。猛暑でバラもまいったのかと思っていたら、植木屋さんに聞くと、『これは病気です。対処療法はあるが、根治はしない…』とのこと...ネットでいろいろ調べると、近くの植木に菌がうつるのを防ぐために根から伐採し、土を入れ替える必要があるとのことでした。しかし、このバラは毎年薄いピンクのきれいな花をたくさん咲かせてくれたので、全体のために、はじめから切り捨てるのはやめようと決めました。ビジネスに責任を持つリーダーでしたら落第かもしれませんが、これは我が家のバラの命の問題です。傷を深くするとも言われましたが、最悪のケースでも何とかなる…と判断したのです。

                      以来、いろいろな手を打ち、かなり時間を割いてきました。寒い時は体調も崩したりもしました。昨年の薬の副作用で菌に対する抗体が弱まっているので薔薇のとげに傷つけられないようにも、注意するようになりました。

                      以前、家に居る時間が短いときは薔薇や植木のことには振り向きもせず、優先順位的にも一番低いことでしたが、最近は、こういう一見小さなこと(?)でも大切にじっくり対応しています。自分の前にたまたま起こったことを、もっと大きなこと(?)のために無視したり後回しにするのはやめました。目の前の命のことはなおさらです。


                      プラネットカナールPlanetCanal™も一番大事にするのは目の前の人びとに関することです。時間をかけゆっくりですが、そのために地道に対応します。そして、関係者の安全や人命にかかわるリスクを回避することも第一に考えていきます。

                      2014年1月16日木曜日

                      コミセン

                      正月明け早々に2月はじめのコミュニティセンター予約にいきました。午後一番に行ったのですが、その日は午前中に全て埋まってしまったそうで、慌てて駅から近いもう一つのコミセンにいくと、なんと、その日まで年始休館日ということでした...翌朝は、9時前から既に10名以上が中入って待っていおり、最終的に20名近くになりましたが、お互いに希望日時を聞くと幸い誰もバッティングしておらずほっとしました。

                      その場の雑談で、コミセンの使用回数の上限設定だけでなく、『有料化の動きがあるとご高齢の男性がおっしゃっていました。それに対し、若い男性が真剣に『毎月使っているので、予算化しなくてはならず困るなぁ…と。いずれにしてもいろいろな集まりが行われているんだなぁと実感した次第です。こういう公共の施設を活用しながら、地道に志高く活動をされている方々が多いのですね。


                      たまたま知っている70歳代の女性がいて、プラネットカナールPlanetCanal™の話をすると、『私は赤十字奉仕団で活動しているとおっしゃっていました。大規模な団体ほど自前でできるので難しいかとは思いますが、今後コラボレーションの可能性を探っていきたいと思います。『支援センターは使わないのか…と聞かれ、先延ばしにせずに、すぐに相談に行こうとも思いました。それぞれの地域でのつながりは大切ですね。まずはいくつかのベースとなる地域に根差し、地に足をつけていきたいと思います。コミセンや地域のセンターは、そのためにはいい場です。

                      2014年1月13日月曜日

                      壁の向こうに

                      何でもそうですが、自分たちで完結しようとしても限界がありますね。芸術ですら、孤独のようで、いろいろな人の助けを借りながら、よいものを創作しています。増して、非営利活動やCSR活動は特にそうです。あまりにもニーズが多岐多様で山積しているからです。実際にいろいろな連携をしながら活動している場合が殆どですが、中には自前主義で進めているところもあります。


                      組織の壁を越えて、ダイナミックにコラボレーションしましょう。そうすれば、組織の壁に囚われない、もっと広く大きいつながりやもっとたくさんの人たちが見えてくるかもしれません。違った景色が見えてくるかもしれません。

                      2014年1月12日日曜日

                      “破壊”?

                      “創造と破壊の200万年”の話に戻りますと、私は破壊という言葉はあまり好きではありませんし、プラネットカナールPlanetCanal™はイノベーションを目指して力んでもいません。地道に、普通にやったほうがよいことをやり、よいことは真似し真似され仲間を増やしていきたいと思っています。競争とか差別化も不要です。いくらでも現在、運びたくても、運べない・運びにくいモノはあります。急がずゆっくり低炭素・低価格で運び続けていきます。私たちはモノを運ぶことに特化していきますが、尖らすゆっくり多くの人々とお互いに補完し合って、非営利活動を廻し続けたいと思っています。それがいつか大きな“プラネットの運河”群になっていることをイメージして。

                      敢えて“破壊”について言えば、非営利活動やCSR活動において、今ある組織の壁を“破壊”していきたいと思います。壊そうと思ってではなく、否定から入る訳でもなく、もっと多くの力を集め、もっといいかたちを求めた結果、壁が低くなったり、風穴があいたりすればよいと思っています。自前主義や自己完結でなく、補完し合うことの大切さを主張していきます。

                      2014年1月11日土曜日

                      補完し合うこと

                      元日の日経新聞では“創造と破壊の200万年”というヘッドラインが目に入りました。『経済学者シュンペーターはイノベーションの神髄は“創造的破壊”にあり、既にあるものが“結びついて”新たな価値となり、それが今の世界を壊して新しい世界につくり替えていく過程をいう…』 これまで革新的創造を生み出してきた人々やそれを推進してきた人々に改めて心から敬意を表します。

                      コンサルティング・ビジネスにいたころは、破壊とか現状否定とか、非連続とか革新という言葉をよく使いアジテートしましたが、それらは結果です。私個人は否定や破壊はあまり好きな言葉ではなく、肯定や補完に傾斜する傾向にあるようです。

                      イノベーションの過程では、いろいろな“結びつき”が結果として創造につながっていくのだと言っていますね。そして、大きな非連続のイノベーションも実は小さな創意工夫の積み重ね結びつくとジャンプ台になるんだと思います。


                      単独よりも結びつき、自己完結より補完し合うことのほうが大切です。プラネットカナールPlanetCanal™はある程度、現在の世界を肯定し、“slow”も選べるという観点から、モノを運ぶ分野でNPOやNGOの非営利活動、CSR活動などを地道に補完します。いろいろな部分で補完してもらいながら...

                      2014年1月10日金曜日

                      コラボレーション

                      非営利活動やCSR活動では、参加する人びとの数は多い程良く、オープンで人々が参加しやすくなっていないとまずいと思います。ビジネスの場合と比較して組織内と組織外の壁は通り抜けが容易なはずです。利益率などはなく、人が多ければ多い程、絶対的アウトプットの量が増えるからです。世の中の課題が多すぎるため、競争する必要もありません。

                      CSR活動は1企業で完結すべきではなく、NPOやNGOの活動もできるだけ自組織で完結すべきではないと思います。もっと連携すべきです。分業で考える必要はないですが、常日頃から必要に応じて繋がれるようにしておく必要があります。


                      一度、モノを運ぶ部分でプラネットカナールPlanetCanal™とコラボレーションしてみませんか。連携しながら、つながりを広げながら、できるだけ多くの人々で無理なく進められるようにしていきませんか。

                      2014年1月9日木曜日

                      “壁”

                      昨日少し触れたTXアントレプレナーパートナーズ(TEP)の新年会での話をもう少しします。そもそもシリコンバレーのような起業のエコシステムを日本にも作ろうと4年前にスタートした組織で最近一般社団法人になりました。大学や研究機関が多くあり、人材も豊富なつくばエクスプレス沿線を中心に起業家を支援する活動してきました。拠点は秋葉原と中間の柏の葉キャンパスに拠点があります。(LAや上海など海外にも) ベンチャー企業が育ちにくい日本で、技術ベンチャーの経営・営業・提携などを支援してきました。そんなに一朝一夕で大きく前進する訳ではありませんが、着実に起業家たちのステージがあがってきてきます。その“”では、起業家やいろいろなプロフェッショナル、経営や起業の経験者、スポンサー企業のほか行政や支援機関の方々も集まり、一緒に何かを起こそうとしています。

                      新年会では代表の村井勝氏から、これまで議論してきた次のフェイズについての話がありました。柏の葉キャンパスにより大規模なインキュベーション・センターができるのを機にもっと大企業にも、部門を越えて参加してもらおう…もっと情報やコンピテンシーを集め繋げよう…企業の部門間、企業・大学・行政・その他組織の間・人と人との間の壁を更に低くして、もっとワイワイガヤガヤしながら創造や起業を加速しよう…ベンチャーや大企業を含め魅力ある企業と人々が集まる場にしよう…というような内容だっとと思います。

                      ビジネスでは垂直統合という自社完結型が日本でも90年代に変化し始め、直接繋がったりや情報を共有したりすることをネットが支えて小さな企業でもビジネスに新規参入しやすくなりました。自分で製造しない企業も現れてきています。工業の世界では特定の人しかできなかったことが技術革新により誰にでもできるようになりつつあります。まだまだ連携するには高い壁がいっぱいあるのが現状ですが。

                      人、経営資源、企業価値、株主への還元などの面で、社内と社外の壁が非常に高いビジネスの世界ですら、お互いにコラボレーションしながら刺激し合って何かを創造しようとしています。

                      お金や地位など以外のsomething elseのための非営利活動やCSR活動には、少しでも多くの人の支援や参加が必要です。課題が山積している世の中ですから。団体や自社で自己完結して活動している非営利活動やCSR活動もありますが、“壁”を越えて、もっと、お互いに集まり連携して活動していくべきだと思います。ワイワイガヤガヤしながら。

                      シンプルに寄付に一本化

                      本日、TXアントレプレナーパートナーズ(主としてつくばエクスプレス沿線の起業家を支援する一般社団法人)の新年会があり、北城恪太郎氏(前経済同友会代表幹事)から貴重な助言をいただきました。『個人の年会費などやめてシンプルに全部寄付にしたらどうか…認定NPO法人に早くして、寄付する人にとって税金控除を受けられるようにすることは大事…』というものでした。認定NPO法人として認定されるには“寄付が市民から認められているという意味で大切なのです。

                      そうしようと思いますがいかがでしょうか。今まで個人の方が入会されるとき、入会金11000円+年会費11000円+(任意)寄付金11000円を入金していただくつもりでいました。1口が2000円~3000円になります。次年度以降は入会金は不要でした。それを、シンプルに寄付に一本化し入会時3000円以上の1000円単位の寄付金を払っていただこうというものです。また、次年度以降も3000円以上寄付していただこうと思うのですが、負担が大きすぎますか。会員が増えれば次年度以降の分は下げることも可能かも知れません。寄付はプラネットカナールPlanetCanal™の活動とそれを支える会員の皆さまの登録管理に使うものです。

                      それは、寄付していただく方々を税金面で優遇してもらえるよう、平均年3000円×100人の寄付という認定条件をクリアするためです。平均100人の寄付を目指してながら、3年間、仮認定制度を活用して、個人会員や法人会員の優遇が受けられるようにしたいと思います。

                      これにより、おおざっぱに言うと、個人会員の方は寄付の約40%~50%近くが税額から控除されます。法人会員も損金に算入できる金額が拡大されます。寄付をした相続財産は相続税が非課税になります。認定NPO法人自身が収益事業を行ない、得た利益を本来目的の非収益事業に使用した場合、この分を寄付金と見なし最大50%近く損金に算入し収益にかかる法人税を軽減できます。


                      ほかの部分の金額は変えないでいこうと思いますが、これらは、最終的には理事の方々と相談して決めたいと思います。ホームページも変更する必要がありますね...

                      2014年1月7日火曜日

                      今年は

                      このお正月、後半少し体調を崩してしまいましたが、高齢の両親(95歳の父、88歳と89歳の母)、二人の娘、妻とともに、穏やかでよいお正月を過ごすことができました。今年の七草粥は特に身に染みる優しい味がしました。日本の知恵もしみじみ感じました。

                      昨年後半は、私も含め家族の入院が何回かあり、猫や薔薇まで病気になり、パソコンや携帯も壊れました。どれも幸い大きなことにはならず良かったと思っていますが、プラネットカナールPlanetCanal™の立ち上げは進みませんでした。


                      仕事をとってくるのが先か体制が先か…鶏か卵ですが、小さく両方進めることですね。今年は遅れを取り戻し、ボランティア作業から小さくスタートします。学んでいくことも多すぎますが、地道に学びながら進めていきます。会員を募集しお金を集めるには法人化が必要で、そのための信頼できる体制確立が大事です。“slowも選べる”ことをチャッチフレーズにして20年のスパンで“PlanetTime”的に運営していくとはいえ、今年は必ず法人化します。

                      2014年1月1日水曜日

                      2014年 元旦


                      あけまして おめでとうございます
                      今年が皆さまにとって、素晴らしい年でありますように

                      2013年12月31日火曜日

                      2013年 大晦日


                      この半年、ブログにお付き合いいただき、ありがとうございました。
                      来年もよろしくお願いいたします。

                      2013年12月30日月曜日

                      “planet”



                      planet”という言葉からは、国境が感じられず、より宇宙的な感じがしますね。太陽系の“earth”もありますが、ちょっと宇宙の中で特殊な感じがして、closedなイメージが強いと思いませんか。一方planet”には、運命共同体の生態系が感じられ、かつ、広い宇宙の中の惑星のひとつ…というイメージがありませんか。“planet”の運河 プラネットカナールPlanetCanal™は、そんな感覚的なところからきています。

                      “global”

                      90年代になって“global”という言葉が“worldwide”にとってかわったような印象でした。実はPlanetCanalも最初はGlobal Canalという名前にしようと思ったのですが、比較的若い人に“global”はイマイチと言われ、確かに…ハッとしました。非常に率直に貴重な感想を言ってもらい今でも感謝しています。

                      global”は国境を越え活動をするイメージですが、国が色分けされた地球儀的な感じがしないですか。

                      2013年12月29日日曜日

                      “worldwide”

                      中学のときだったと思うのですが、世界を放浪して、いろいろなところに行き、いろいろな人々と出会うのが夢でした。北はスキーで蔵王、西は修学旅行で京都まで…と世界がとても狭いときでした。仕事はカメラマン…いろいろなことに憧れ諦めることを繰り返していた時期でもありました。

                      現実は、放浪とは程遠く、学生時代ちょっと凝ったカメラも続いていませんが、世界を広げたいという気持ちは続いています。でも、アフリカにも南アメリカにも行ったことはなく、世界はまだまだ狭いのが現実です。


                      広げたいと思った“世界”は平面地図イメージの“world”だったかもしれません。“Around the World”という曲は世界のいろいろな国々を想像させてくれました。世界を股にかけたいという言葉もあり、ビジネスでは80年代までは“worldwide”という言葉が主流でしたね。

                      2013年12月26日木曜日

                      “三つ葉のクローバー”

                      この社会は、ギリギリのところで頑張っている人たちやそれぞれのところでNo.1を目指している人たちに大きく依存しています。精神的にも支えられています。それは科学・ビジネス・芸術・スポーツ…何の分野ででもです。競争を意識しないで、それぞれの道において夢中で何かに取り組んでいるひとからも、それが何であれ、必ず何かが生まれ何かが与えるものです。

                      しかし、日常の世界のなかで現実の形にして持続していくのは多くの一般ピーポー(people)です。皆それぞれの持ち場でその人なりに頑張ってきたから今があり、頑張っているから明日へとつながるのです。

                      プラネットカナールPlanetCanal™では、いろいろな人たちの思いや時間をたくさん集めて、モノを運ぶ推進力にし“moment of smile”につなげていこうとしています。すごい思いでズーッと参加する必要はありません。“四つ葉のクローバー”だと続かないですし、たくさんは集まりません。“三つ葉のクローバー”がよいのです。“普通”の思いや時間なら、集まりやすく、参加する人からみても自分流にプロジェクトに参加しやすくなります。

                      はじめは別として、限られた人たちに依存しないで済むようにしていくことも大切だと思っています。そして、ある程度の数のボランティアの人たち(クリティカルマス)が参加してはじめてプロジェクトは成り立ちます。一握りのスーパースターであろうと、一般ピーポーであろうと、多種多様な方々がいろいろな形で少しでも多く参加していただくのが理想です。夢は大きく、“slow”な持続的社会インフラのひとつになることですから…


                      2013年12月24日火曜日

                      フィギュアスケート全日本選手権2013

                      ~バッカス~より
                      フィギュアスケート全日本選手権でスケーターとしての最後のチャレンジをしている選手たち、とくに、高橋大輔選手と鈴木明子選手、そして安藤美姫選手の姿は胸を打つものがありました。ギリギリのところで、微妙なエッジのバランスに賭けている姿は美しいですね。鈴木明子選手は1週間前は全然ジャンプが跳べなくなったといいますから、積み重ねだけでなく一瞬一瞬が新しいチャレンジのスポーツだということがわかります。その一瞬のためにトレーニングを積み重ねてきているから美しいのでしょう。フィギュアスケートは技術だけでなく芸術性もあり、更に、選手たちのドラマがあるので、そこからくるオーラを感じ余計感動を呼ぶのかもしれません。

                      高橋選手のスケーティングは魅力的です。それだけでなく、これまでの選手生活にも演技にも人間味が溢れ応援したくなりますね。ソチ決定、本当によかったですね。鈴木選手も、これまでメディアでの扱いは地味でしたが、ずっと続けてきた甲斐あって、会心の演技で金メダルを獲得しました。素晴らしい演技でした。本当におめでとうございます。

                      自分のスケートを一から作り直して自分の滑りをすることに集中している浅田真央選手、出産直後という中で凄いチャレンジをしてきた安藤美姫選手、伸びのあるスケーティングで人がとても好さそな織田選手、皆さんに、心から拍手を送りたいと思います。

                      2013年12月23日月曜日

                      “今を一緒に”

                      プラネットカナールPlanetCanal™の設立準備をはじめてからは、いろいろなしがらみもなくなり、失うものもなく守るものもなく、あまり先のことまで考えなくてもよくなりました。今を生きられるようになりつつあるような気がします。

                      プラネットカナールPlanetCanal™では、モノをただ運び届けるだけでなく、このプラネット上で“今を一緒に”生きていることを感じられることを大事にしていきます。

                      今の時間はプラネット上どこでも平等です。忙しい人も時間に余裕のある人もいますし、寿命に差はありますが、長さではないですね。今の瞬間は平等です。制約はいろいろありますが、みんなで一緒に、その少しの今を集めつなげて、モノを運び届ける支援をしていきます。

                      そして、受け取ったひとや関わったひとの笑顔の瞬間の写真(Moment of Smile)を通して、“今を一緒に”生きていることを少しでも感じられればと思っています。一緒に活動でき、送り先に誰かがいることを感じられるだけでもいいですね。


                      プラネットカナールPlanetCanal™は、every single momentを大事にし、常に動き変わっていく世界のなかで、常に新たな気持ちで活動を続けていきます。

                      2013年12月22日日曜日

                      ”今”

                      何十年と生きてきたので、最近やっと、今が大事と思えるようになりました。そして“今を一緒に”いることを大事にしたいと思えるようになりました。今年の流行り言葉をここで言うつもりはありませんが、行動が伴っているかは別にして、そう思うようになりました。

                      若い時は無理ないのですが、実は、社会人になって、ずっと将来のことばかり考え憂いてきたような気がします。高校時代は刹那的な放浪生活を夢見ていたこともあるのですが...(いつかまた吐露します) 性分だと思いますが仕事柄それに拍車がかかりました。ただし、“今”の積み重ねが明日だというのは感じていたかもしれません。今はそれを実感していて、今を積み重ねるしかないと思っています。

                      過去のことは、あまり悔やむほうではありませんでした。水に流すということでなく、学習が必要だということも仕事を通じて学びました。引きずらないほうでしたが、社会人に成りたての頃は自分が認められないときなど、客観的な認識ができず悩んだこともありました。たまたま飛行機から地上の景色を眺め、何と小さいことで悩んでいるのかと我に返ったことがありました。最近は、そういうことはなく、過去のことは、記憶が衰えたことも味方()して、気になりません。今、こうして回想するのを楽しんでいます。


                      自然に今しかなくなりつつあるような感じです...というか今が全てになりました。

                      2013年12月21日土曜日

                      “寂”

                      『月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人なり...』(奥の細道) 芭蕉は旅に出たいというだけでなく、また寂しいなどという主観を超え、自分のことだけでなく全てを包含するもっと大きなことを表現したような気がします。ひとつひとつのmomentは過ぎると戻ってはきません。


                      “諸行無常”は科学的にも言える…などと昔は言って、それ以上は鐘の音をイメージしていました…☺ 確かに、物質も宇宙もプラネットも生命も一瞬たりとも同じ状態はなく、変化し続けています。かりそめの世界も自分も一瞬で変わっているのです。浪人時代などは、そんなことを考えると虚無的な考え方に傾きがちだったと思いますが、今は、ちょっと違っています。よりポジティブというか執着心が減ったというか、なじめます。“空(くう)”と“色(しき)”の世界に少し近づけたのでしょうか…??

                      “寂しさ”を超え、時間を意識させるそういうことが“寂”なんですね。

                      2013年12月20日金曜日

                      命のMoment of Smile

                      変な奴だとお思いでしょうが、私は人間だけでなく、動物、植物、微生物にも、表現はできなくても、Moment of Smileがあるのでは…と思っています。生態系の一員として、どんな生き物にも、そんな瞬間があるという気がするのです。


                      おかしい人と確信される前に、その話はやめますが、Moment of Smileは命を象徴する人間の大切な一瞬です。モノを扱うプラネットカナールPlanetCanal™でも大事にしていくのはMoment of Smile (MOS)です。

                      2013年12月19日木曜日

                      このプラネット上の命

                      私は、小学校のときから、命があることや宇宙の外に何があるかなどと考えると、胸の奥がムズムズして息苦しくなり、おかしくなりそうでした。

                      中学の後半から理論物理学をわかりやすく解説した本を読んだりし、高校ではほんの少しわかった気がして、考えることに科学的な要素が加わっていきました。ただ、探究を持続する能力や勤勉さに欠け、すぐ限界を感じて、いろいろなことを簡単にあきらめていました。そして、本当のこと(真理)は感覚的に判断して、毎日を暗中模索しながら生きていこうと決めました。今は、興味本位で表面的に、物質や宇宙を極めている研究者たちの成果を本やテレビ、新聞などで知る程度です。
                       

                      命に関しては、ずっと一貫して、その凄さに驚愕するばかりで、本当に感覚的かつ情緒的にとらえてきました。

                      そして、言うまでもなく、このプラネット上に存在している命は一番身近で何よりも大切に思っていますし、大切にしていきたいと思っています。

                      2013年12月18日水曜日

                      “繋がっている”

                      プラネット上のひとつひとつの命は、不思議なことに、寝ている間も自律的に自分のなかで一時も休まず働いています。弱肉強食の生存競争や争いはあっても、生態系を成し運命共同体を築いています。ただ、自然環境、温暖化、自然現象に運命が左右されるということが、この半世紀で強く意識されるようになりました。言うまでもなく人間もその一部として運命を共にします。

                      人々は心理の深い部分で繋がっていると主張する心理学者もいます。催眠などを通じて探ってきたことだと思います。

                      個々の人々は皆根っこでは“繋がって”おり“一体”をなしていて“分けられない”…ということを、創造主からのメッセージとして、ある哲学・神学者が半世紀以上前に本に書いています。数年前に読んだことがあります。


                      震災のあと、“繋がっている”という言葉がよく使われるようになりました。いい言葉ですね。プラネットカナールPlanetCanal™でも“今を一緒”という表現で“繋がっている”ことを感じられるようにしていきたいと思います。

                      一緒なら…

                      大学に入ってからは高校時代のように寂しさから、いろいろ考えるのが減りました。鈍感になったのか、だんだん社会に順応していく準備を知らないうちにしていたのかもしれません。

                      そして、寂しいなどと言っている余裕がない時期を経て、“寂しさ”を感じることは更に減ってきたと思います。昔は、夜の電車の中から家々の灯を見て、幸せを願っている多くの人々ことを思い、暖かい何かと説明できない圧倒されるような何かを感じていました。

                      今は、いろいろな状況のなかで生きている、いろいろな家族や人々と、一緒に繋がって生きているという安心感というか連帯感というか、そんな感覚に包まれるようになってきました。


                      理屈や精神論で考えていた“根っこで皆繋がっている”ということを、本当に感じるようになってきたからかもしれません。皆一緒なら、“寂しいとか“自分のためか他人のためとかはありませんね。

                      2013年12月15日日曜日

                      “寂しさ”が原動力?

                      高校のとき、お金・地位・名声を極端に求める人たちは寂しいからではないか、ちょっとニュアンスは違いますが、アグレッシブにNo.1を求める人たちも“寂しさ”を原動力にしているのではないか…、私は“ここにいる!”~“生きていたんだ!”というような心の奥の叫びに突き動かされているのではないか…と思うようになりました。英雄と言われる人たちにもそういう要素があるのではないだろうかとも思いました。勿論、何か別のことsomething elseに突き動かされ、結果として偉人と言われるようになった人たちもたくさんいて、そういう人々は尊敬に値すると思っていました。若い時は皆そうかもしれませんが、善と偽善の紙一重のところには敏感でした。さすがに鞍馬天狗に憧れていた私としては名声や地位を追い求めたくなかったのは言うまでもありません。今はその辺は大変緩くなっていて。今なら、“寂しさ”からであれば許せるような気がします。


                      そういう私も、誇大妄想の時は、注目され尊敬され愛される時の人々や歴史に残る人々と自分を比較したり、ジェラシーを感じるときがありました。悪いことではなく自然なのですが、一番になりたい、ヒーローになりたい…と密かに思うときもありました。やはり寂しさを感じていたからでしょうか。まだ、現実も先も見えていない私でしたが、残念ながら、そういう人々のように成きることができそうもないとも思いました。躁鬱のように、今度は不安の時が来て、誇大妄想と不安の往復でした。その後社会人になっても認められたいという気持ちは強くなったと思います。

                      2013年12月13日金曜日

                      “ジェットストリーム”

                      Mr. Lonely”という曲とともに、『(オープニング)ジェットストリーム…遠い地平線が消えて、深々とした夜の闇に心を休める時、遥か雲海の上を、音もなく流れ去る気流は、たゆみない宇宙の営みを告げています。満点の星をいただく果てしない光の海を、豊かに流れゆく風に心を開けば、煌く星座の物語も聞こえてくる、夜の静寂の、なんと饒舌なことでしょうか。光と影の境に消えていったはるかな地平線も瞼に浮かんでまいります...(エンディング)夜間飛行の、ジェット機の翼に点滅するランプは、遠ざかるにつれ、次第に星のまたたきと区別がつかなくなります...』というナレーションが有名なFMラジオ午前0時の番組を昔よく聞いていました。世界の都市に向かう高度1万メートル上空の夜間飛行をイメージして、イージーリスニング・ミュージックを聞いていました。(今も続いているそうです)


                      宇宙につながるような夜の透明で無限の空間を一瞬で飛び回るような感覚で、いろいろなことを考え、思いを巡らして音楽を聴いていました。物質と空間の制約が見えなくなった闇のなかで、もう誇大妄想の世界でした。 そして、ときどき朝までということもありました。日の出のなかで、この世界の物理的制約を感じ、地球の大きさを感じながら、自分の小ささを感じていました。何とも言えない寂しさを感じたものです。

                      2013年12月11日水曜日

                      カモメのジョナサン?

                      私は、幼稚園に入園するとき門のところで行きたくないと駄々をこねるような人見知りでした。その後も、ひっそりと後ろに立つのが心地よく、ひとりでいても平気なほうでした。しかし、学校に通いはじめ、否が応でも、そのconfortable zoneを出ていくjouneyが始まったのです。

                      こちらから仕掛けることはなかったのですが、売られたケンカに、いつも“勝つ”…というより“負けません”でした。正義の味方“気取り”で友達がいじめらようとしている囲みに飛び込んだりもしました。犬が死んだときにトイレでひとり泣きましたが、小学校のときは人前で泣いたことはありませんでした。多分、そんなイメージがあり、いつの間にかガキ大将的な存在になっていたのです。小学校3年からカブスカウトに入り心を改め(?)、“よい子”になったので学級委員にも選ばれました。ただ、面倒な全校xx会や形式を踏んだことが何故か嫌いでした。それは中学も同じでした。規律が厳しくなった毎日の中で優等生に徹し、ずっと学級委員でしたが、委員会などはサボることばかり考えていました。生徒会長などには全く興味なく、ずっと人望が厚い人が会長をやっていました。高校でも、友達がふざけ半分で裏で動いたらしく、2年3年とホームルーム委員に選ばれました。この時は、不思議とそんなに嫌でなく、淡々と務めました。大学のクラブでは文科系のクラブに理系から入ったので時間がないというのもありましたが、相変わらず社会人のマネ事みたいなことになじめず、ひっそりと背景の中にいるフォロワーでした。

                      社会人ではもっと積極的にバカになれればよかったのですが、煮え切らず覇気がありませんでした。ジワーッとしたスタイルが定着したと思います。(その方が長丁場ではよかったかもしれませんが。) ただ、置かれた立場や状況のなかでは精一杯頑張りました。仕事もうまくいくことが増え、大きな仕事が成功すると少し将来に期待されたようでした。海外研修も増え、全社レベルのプロジェクトや新しい事業の立ち上げ等に抜擢されるようになり、ヘッドハントもされて、世界は広がっていったのです。小さな世界で気にしていたことが小さいことだと気づき始め、少しずつ、より高く・より広いことに慣れていきました。


                      それでも本質のスタイルは一匹オオカミ…というより相変わらず鞍馬天狗に憧れる変や奴だったかもしれません。可愛げもなく、人を心から信頼できず、『もっと信用しろ』と上から言われたこともありました。草食系ですし(?)、カモメのジョナサンという本がありましたが、どちらかというと、群れから離れたカモメだったのかもしれません。30年ぐらい前に幸い家族を持って一匹ではなくなり、いろいろ変わったのですが、多くの友達や人々と一緒にいられる幸せを噛みしめられるようになったのは、そんなに前のことではないと思います。

                      2013年12月9日月曜日

                      ジャズバンド

                      リーダーシップに限らず、何でも自分に合った自然なスタイルで自分流に貢献することをプラネットカナールPlanetCanal™は大事にしていきたいと思っています。普段自分の限界を超えるような、ぎりぎりのところで頑張っている方も、楽な本来の自分の自然なスタイルで、私たちの活動にご一緒ください。

                      それは、コンフォタブルなゾーンに安住するということではありません。プラネットカナールPlanetCanal™では、積極的に自分のスタイル、自分流を全面に出していただくということです。その人らしさを大切にしていきます。しゃしゃり出ないリーダーシップもあっていいし、NPOなどでは草の根運動的スタイルも大事です。その人の自然なスタイルなら、どんなスタイルでも必要なスタイルなのです。いろいろなスタイルの人がいれば、チームはきっと強くなります。


                      自由で自立した人びとの思いとチームダイナミックスが運河の推進力です。いろいろな人たちに参加していただきたいと思っています。その力を楽しい雰囲気のなかで自然に集めて進めていきましょう。指揮者がいなくても演奏が合い、それぞれのパートが自由にアドリブを交えてバンドとして一体になるジャズバンドのように...

                      2013年12月8日日曜日

                      自然な自分流のリーダーシップ

                      無理していれば、そのうち無理が無理ではなくなるのかもしれませんが、やはり、無理のない自然体がいいですね。ずっと力んでいくのも疲れますし。無理しなくても、キャパシティが大きく自然にいわゆる“リーダー”…という人はリーダーの中でも一握りです。だから、慣れるまで“頑張る”ことも大事なのですが、リーダーに限らず、ある時点からは、今までの経験から身についたスタイルや自分にあっているそれぞれのスタイルでいくのが一番です。

                      コンサルティング事業世界同時立ち上げのとき、日本のチームが最初に認定されるために、何件かOJTのプロジェクトを成功させる必要がありました。そのとき他ファームでコンサルビジネスのリーダー経験を持つ米国人に指導を受けました。その人が、Asia Pacificを統括するトップのインタービューで模範を見せてくれるというので、まだ若かった()私はノートテーカーとして同席しました...が、その人の説明は覇気がなく、声も小さく、表情も弱々し気で、APのトップのひとがやたらと大きく見えたものです。ボソボソとその人が質問しはじめました。すると、何故かトップが少しずつ体を乗り出してきて、最後にはそのメンターを見上げるような雰囲気になったのです。何かを問題点を指摘する訳でもなく、提言をする訳でもなく、主張する訳でもなく、ただ、質問してうなずいていただけなのですが...


                      おそらく事業内容やトップの関心などを十分押さえた“ask good questions”を実践し、そのトップにいろいろなことを気づかせたりしたのでしょう。いわゆる“リーダー”のスタイルをイメージしていた我々にはカルチャーショックでした。自然な自分のスタイルで~バリューでリード~よい勉強になりました。そのあと、コンサル“ビジネス”にはスタイルを重視するいやらしい部分もいろいろあることもわかりましたが...

                      2013年12月7日土曜日

                      慣れて自分のものにできるリーダーシップ

                      よくポジションが人をつくる…とか言いますが、トレーニングで慣れさせるのも米国流かもしれません。“自分の意見・考えを主張すること”“チームをまとめリードすること”“発表すること”..などのトレーニングを自然に繰り返します。

                      日本にいると“自己主張”することは美徳ではなく、時には“しゃしゃり出る”のようにとられます。まだ、出る釘は打たれるのが日本の社会かもしれませんが、グローバルでは釘は出ないとだめです。日本人が苦手とするところですね。若い人たちはAKBのように自己アピールしていくことには慣れてきているのかもしれませんが、グローバルに通用するリーダーシップスタイルを場数を踏んで身につけてほしいと思います。

                      ニューヨークの本社で幹部候補生の研修に出たことがありました。日本にいるときの何倍も“主張する”ように心掛けました。自分としては考えられないレベルです。クラスディナーのあとに、何か面白いことを話せという課題が出され、静かに他の人が“しゃしゃり出る”のを見ていてもよかったのですが、思い切って手を挙げて漫談までしました。相当無理した結果、大喝采で、宿舎への帰り道は皆に“fantastic job! ”と声をかけられたり、翌日朝食ではクラスマネージャーが同じテーブルに来て将来の希望とか聞かれたりしました。(娘たちがハイ、ハイ…と逃げていく典型的自慢話でした☺) それでも最後にチームフィードバックでは、『もっと主張したほうがよい。(be more assertive)』なのです。日米で大きく違うところです。これに慣れるのは大変ですが、そういう場数を踏んで慣れていくしかないでしょう。少し慣れた気になること…かもしれません。

                      勿論、ポジションは場数を増やすというより場そのものですから嫌でも慣れますね。スタイルはいろいろでも、求められているリーダーシップが身につきます。そう考えると、天性のリーダーなど、いないのかもしれません。

                      2013年12月6日金曜日

                      キャプテン フィリップス

                      映画「キャプテン フィリップス」ポスターより
                      今日、娘に誘われて家族でトムハンクス主演のキャプテン フィリップスをみてきました。リーダーシップの話に無理やりつなげると…船長はそもそもリーダーですが、普通の民間人がソマリアの海賊に襲われ拉致されるような状況で本当にキャプテンだと感心しました。(映画は2009年コンテナ船が海賊に襲われた実話に基づいています。) そして、アメリカ海軍は、よく訓練され恐ろしいくらい冷静にことをexecuteし、凄さや恐ろしさを感じるくらいでした。軍に救出されたときの感情的な人間味溢れたキャプテンと医務担当官が冷静に手順を踏んでチェックするところが対照的でした。(あまり話をしてはいけませんね。) ソマリア問題についても、いろいろ考えさせられました。

                      プラネットカナールPlanetCanal™は海を進むコンテナ船をゆっくりしたのどかなイメージに使っていますが、そんなに“のうてんき”でもありません。海賊のことは考えていないわけではありませんが、言うまでもなくプラネットカナールPlanetCanal™にキャプテン フィリップスがいることを想定できません。送り主の思いがこもったモノを扱い運ぶミッションのNPOですが、リスク管理の方針として、モノには執着せず、あきらめるのを基本にしています。お金の問題でもないので、コストを抑えるためにも保険もかけない方針です。それ以外の地域でも海賊は出没するようですし、それ以外にいろいろなリスクがあるでしょうが、人の安全が最優先にしていくことを、お客さまにもご理解いただくつもりです。

                      とは言え、そのリスクに関わらないようにしても、誰かが必死に極限の状況を切り抜けたり、力を持つ政治や軍隊の力で守られたりしているという事実をこの映画を見て改めて思い知らされました。自分たちには出来ないので、強力なリーダーシップや訓練された力に頼るしかありません。(そういう他人事のような話や他力本願が嫌いなひともいるでしょうが。)


                      リーダーシップの話に無理やり戻しますと、強いリーダーは必要です。天性のリーダーは別にして、繰り返し訓練して極限状態でも力を発揮できる究極を目指す人たちや組織のように、リーダーも訓練し慣れてなっていくのかもしれません。

                      2013年12月5日木曜日

                      学び自分のものにできるリーダーシップの手法的部分

                      どんなスタイルでリードしてもコミュニケーション、コーチングや交渉なしでは何も実現できません。コンサル系のリーダーシップ研修では多くのことを学びました。スタイルではなくお手前や手法になっている部分が多いのがグローバルというより米国流だと思いました。

                      例えば、コーチングはニューヨーク郊外のテニスコートに集合して1日中、腕のレベルに差がある2人がチームを組んで、お互いにテニスのコーチし合いました。コーチングは教えるのではないことを実感しました。交渉術は香港でハーバード交渉術チームによるトレーニングを受けました。常に分析して冷静に手法として交渉を組み立てていくのは、やはり凄さを感じました。


                      日本の若い人達もグローバルに活躍していくには、そういう手法的なことを学び身につけると、いろいろな利害や考え方が異なる人々とグローバルスタンダード(?)で渡り合えるかも知れませんね。他人事のような言い方ですみません...